「地獄少女」という作品
昨日、「地獄少女 三鼎」が最終回を迎えました。
2005年10月に第1期目が放映された「地獄少女」は、そのビジュアルや作風など、原作無しのオリジナル作品としては近年稀に見る個性を持った作品として、自分の中では衝撃的とも言える強烈な印象を残しました。
「必殺仕事人」を連想させる様な雰囲気を持ち、勧善懲悪の様な形で「晴らせぬ恨み」を晴らして行く物語は、後に必ずしも「流されて当たり前」と感じる相手だけでなく、「全く罪が無い」と思える相手をも地獄流しにすることも含み始め、そのシステムに対しての憤りなり矛盾なりを感じる様になります。
「地獄通信」というシステムに真っ向から挑む柴田親子の視点を借り、視聴者はその成り行きを見守る訳ですが、柴田親子の過去や閻魔あいの過去も知ることで、単純な良し悪しで片付く問題でないことをとても強く実感します。
2007年10月に第2期目である「地獄少女 ニ籠」の放映がスタート。どの様にして閻魔あいが再び登場するのかというポイントも、演出の巧みさで納得。閻魔あいの傍にいる通称「三藁」と呼ばれる一目蓮、骨女、輪入道が連れそう様になった理由をはじめとするエピソードは第1期よりも多様なドラマを展開。延々と罰を受け続けていた閻魔あいの解放をもってその幕を閉じ、物語は完結するかに見えました。
が、間もなくして第3期の制作が発表され、完結すると思われた物語をまた始めるということには不安を隠せませんでした。
2008年10月に第3期目「地獄少女 三鼎」がスタート。今の時勢を反映してか、何とも言えない理由による地獄流しが横行し、少々破天荒な展開の話もあったりすることから、「エンターテインメント性は高いかもしれないが、続編としては息切れか…」と思い始めた折り返しである13話「六文燈籠」でその思いは一変。そこから回を追う毎に目が離せない展開となり、26話「魂の軌跡」を終え、「地獄少女」という第1期から78話も積み重ねて来たものにしっかりと意味を感じさせてくれたことは、大きな感動をもたらすに至りました。特に閻魔あいと御影ゆずきの最期のやり取りに涙するとは思わなかっただけに、自分でも驚いています(あいの「あなたはわたしなのよ」と、ゆずきの「あいには彼氏が居たんだね…。それだけちょっぴり羨ましいな…」は凄く胸に来ました)。
シリーズそれぞれのエンディングテーマである「かりぬい」「あいぞめ」「いちぬけ」に作品の主題が含まれていると感じられる作りも見逃せません。
原作無しのオリジナル作品で、3期(しかも1期毎に26話)まで制作されたのは近年でも殆ど無いと思いますが、こうしてキチンと幕を下ろしてくれた事は、本当に嬉しく思います。人気だけで作られた背景があったとしても、「三鼎」まで観終えた今の気持ちとしては、スタッフに大きな拍手を贈りたいと思います。
自分の中で、また1つ忘れられない作品が増えました。
…これで第4期があったらどうしよう…という感じではありますが…(笑)。
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